第三章 〜一人目〜


「なっ...一体何が...?」

突然の勝敗にあっけにとられながら
ロイはゆっくりと慎重に獣の倒れている場所まで歩いた。
一体何が起こったのか?
動かなくなった獣に触れようとしたその時。

「っのばかっっ!!!」


ガツンッ!!


後頭部をしたたか殴られた。

「なっ何だ???」

ロイは頭を押さえて慌てて後ろを振り返った。
相変わらず真っ暗で何も見えないが、そこにはぼんやりと黒い影が立っていた。

「人...間?」
「お前、人がせっかく救けてやったのに自分からまた死にに行くこたないだろう?」

黒い影は――どうやら男らしい――ため息をつきながら言った。

「死にに行く?」
「お前、そいつが何だかわかってないだろう。」
「獣...じゃないんですか?」

男は手に持ったランプに明かりを灯した。
その光に照らし出されたものは目を見開いたまま死んでいる狼に似たもの。

「狼?でも、もう死んでますよ。それなのに俺が死にに行くってどういう...」

男はそばにあった小枝をつかんでポイっと獣のほうへ投げた。
と、次の瞬間じゅっという音を立てて小枝が消えた。

いや、溶けたのだ。

よく見るとそいつの体から変な液体が流れ出している。

血かと思ったがそれは赤くなく真っ黒だった。
夜の闇よりも濃いかと思われるような底のない黒。それがどうやら先ほどの小枝を瞬時にして溶かしたらしい。

「コイツは獣じゃない。わかったろ?正真正銘の魔物だ。この体液は最後の攻撃手段だ。強力な酸で人間だってあっという間に溶かしちまうぜ。」

ロイは絶句した。こんなものがこいつの体の中を駆け巡っているのだろうかと考えるとぞっとする。

「今回はたまたま単独だったが、魔物ってのは意外に、単独より集団行動をとるんだ。 その方が餌の少ないこの世界で、取り分は減るが確実に餌にありつけるからな。おまけに着実に獲物を仕留めるための進化の過程の悲しい性かな。 いつからか自らの体液まで強力な武器になった。まぁ、コイツらにしてみれば自分の死を以ってして他のやつらに食いモン与えるってのは大いに不本意だろうけど。」

男の話を頭の隅で聞きながらロイは自分のさっきの行動を思い出していた。

「じゃあ、もしもあの時俺がコイツの喉元を突いてたら...」
「体液のシャワーで即、あの世行き」

ロイはしばらくじっと魔物を凝視した。
あの時は必死で何も感じなかったのに今頃になって恐怖が押し寄せてきた。

――こんなところにルキをおいておけるか――

「救けてくれてありがとうございました」

ロイは深々と頭を下げた。
そしてゆっくりと顔を上げ命の恩人の顔を見た。

ランプのほのかな光に照らされた人物。
まだ若い。二十歳を過ぎたか過ぎてないかの歳だろう。
軽装な成りをしているが、どこか品があり、顔は端正で、多分女にモテるような顔をしている。

「別に救けるつもりはなかったけどな。
たまたま居合わせて、知ってるくせに見殺しにするのは寝覚めが悪いだろうと思ってやっただけのことさ。」
そういうと男は先に立って歩き出してしまった。

「えっ、あ...」

さっさと行ってしまう彼を見ながらどうしたものかとその場に立ち尽くしていたロイに

「魔物の餌食になりたくないならついてきな」

男は振り返らずにそう言ってずんずん森の奥へ歩いていく。
ロイは何が何だか訳がわからなくなったがここでじっとして魔物にまた出会うよりここに少しでも詳しい(何故だかはわからないが)ヤツの側にいるほうがまだ安全だろうと思った。
ただし、まだ男のことは信用してはいない。
姿を変えて人間に成りすます魔物もいる、とどこかで聞いたことがあるし、第一こんな気味の悪いところに好き好んで来るような変わり者がいるなんてロイにはとても考えられなかった。







しばらく男の後ろをついていくと、前方に揺れる炎を見つけた。
どうやら男はここにいたらしい。炎の正体は焚き火だった。

「ま、座れよ。」

男は火の近くに腰掛けて自分の向かいを指して言った。
ロイは用心深く座った。

「ふん、まぁそう固くなんなよ。俺は正真正銘の人間だ。魔物なんかじゃねぇよ。」

男はロイの考えに気づいていたらしい。
しかしロイは敢えて黙って男を見つめ返した。

「...証拠が欲しいって目だな」

ふーむと男が腕を組んで考え込むようなポーズを取った。
その姿が妙に人懐っこい姿に見えた。

そしてしばらくすると指をパチンと鳴らし、何を思ったか腰に手を伸ばし短剣を掴んだ。

「!?」

ロイは驚きながらも咄嗟に身構える。