序章 〜Overture〜


その記憶はまだ新しい。
いや、新しすぎる。

...だってそれは、昨日のできごとだから...




「お誕生日、おめでとう!!」

ルキはロイの家のドアをあけながら駆け込んできた。時刻は朝の6時。
どうやら朝一番でおめでとうを言いに来てくれたらしい。

ロイはベットからぬけだし、寝ぼけ眼で言った。
「ありがとう。でもね、ルキ、別にこんなに朝早くに来なくてもいいんだよ。俺が朝弱いの知ってるだろう?」

するとルキは(いつの間にかキッチンで湯を沸かし始めていた)くるっとこちらに振り向いて
「なに言ってるの。今日はロイにとって特別な日よ。
いつもみたいにみんなでパーティーして終わり、じゃないんだから。
今日はロイの16歳の誕生日。成人の仲間入りの日なのよ。」と言った。

そう、この国では男性は16歳になると成人の仲間入り、つまり元服を迎えるのだ。

「それはわかってるよ。でも、何もルキがそんなに意気込むことないだろう?」
「だってロイがとうとう成人になったんだよ。おじさんやおばさんにも早く教えてあげたくって...」
ルキはしゅんとなった。

ロイの家は昔牧場だった。
小さな牧場だったが両親が小さい頃からずっと夢見てきてやっと手に入れた牧場だったし、ロイも牛や羊たちと遊ぶのが大好きだった。

だから、小さくても幸せだった。

しかし、ある日、家畜泥棒におそわれ、捕まえようとした両親は殺されてしまった。
小さな子供だったロイを残して。

そしてその後、つまり現在、ロイの幼馴染であるルキの両親が牧場を継いでくれている。
ルキの両親は生前のロイの両親と特に親しかったので、二人が亡くなったと聞いたときは肉親以上に悲しんでくれたし牧場の件も「形見だから」と、悲しみながらも喜んで継いでくれたのだ。もちろん、小さいロイを育ててくれたのもその人たちなので、ロイはとても感謝していた。

「わかった。ありがとう。」

ルキは面と向かって言われたために照れたのか(それともただ単に湯が沸いたからなのか、その判別はつけられなかったけれど)ふいっと横を向いてキッチンに引っ込んでしまった。

だが、数十分後、紅茶を入れてきてくれた。ありがたいことに、朝食つきで。

ロイはテーブルにつくと両手を合わせ、ため息が出るくらいありがたい幼馴染に最大限の感謝の意を表した。
「...いただきます。」




その後、両親のところへ二人で報告に行き、成人の儀式を受け、ルキの両親たちと一緒に、
ささやかな、でも、とても温かいパーティーをした。

終わる頃には日はとっぷり暮れていた。
ロイはそろそろ帰らなくては、と言いルキの両親にお礼を言う。
外に出ると、もう真っ暗だった。

微かな風が吹き、ロイの火照った頬を優しく冷ましてくれる。空を見上げると満天の星が瞬いていた。

「お星様も祝ってくれてるんだね。」
振り向くと後ろにいつの間にかルキがいた。同じように空を見上げている。

「あのね、ロイ」
ルキはそのままゆっくりとロイと向き合った。

「これからロイは一人前の大人としていろいろ忙しくなるでしょ。
危険な仕事もやらなくちゃいけなくなるね。」

そこで一回言葉を切って握った右手をロイの前へ伸ばし、そしてゆっくりと開いた。

「だから、これあげる。」

手のひらには小さな玉の首飾りがのっていた。ルキがいつも身につけているお守りだ。

「これね、何度もあたしを救けてくれたの。嘘じゃないよ」
「知ってる。何度も話してくれたよ。けど、これはルキのお守りだからルキが持ってるべきだよ。」
「そんなことない!お願い。持ってて。あたしを守ってくれたんだから、ぜったいロイも守ってくれる。」

ルキは今にも泣き出しそうな顔でお守りを渡してくる。
本当に心配なのだろう。

俺ってそんなに頼りないかなぁと内心思い、苦笑しながら
「...わかった。ありがとう、大切にするよ。」
と言って受け取った。

ルキは満面の笑顔で、
「16歳の誕生日、本当におめでとう。」
そう言ってお守りを渡した。

「じゃ、また明日」

二人はそれぞれの家へ帰っていった。


それが昨日のことだった。

当然明日も、かわりなく来ると思っていた。

ルキが「おはよう」とロイの家のドアをたたいて...