第三章  夜の空と白い羽根 〜encounter?〜




「あんた、落ちるぞ!?」

この一言で精一杯だった。

我ながらなんて段取りがないんだろうなと思った。
普通、ドラマだとかのように全然関係ない話とかして慎重に近づいていくものなのに俺は何をやってるんだ?

あいつは動かない。

じっと空をみて何か呟いて――いや、歌っていた。

この曲、聴いたことのある...どこか懐かしい...

「“きよしこの夜”だよ。知らない?」

唐突にくるっと振り向いたそいつはイタズラっぽい笑みを浮かべて聞いてきた。
俺がいきなり来たことにも全く驚いていないように見えた。
まるで「やぁ、待ってたよ」とでも言うように実に自然に話しかけられたのだ。

「あ...えっ...?」
突然で俺はつい、しどろもどろになってしまった。

なんだか全然自殺するそんなつもりもないみたいで、俺はすっかり早とちりをしてしまったようだ。

「あー、そんな...とこに、いると...危ない、と思うんだ、けど」
「そんなとこ?」

そいつはまるで自分のいる所が危ない所だとわかっていない様子で足元をキョロキョロと見回した。
俺がハラハラしながら見ていると、そいつは「ふむ」と言いながら、(何が「ふむ」だ!)フェンスに手をかけた。
ようやく戻ってきてくれるかと無駄な安心をしていたらまた、変な光景ものを見てしまった。

そいつの身体がふわっと浮き上がったかと思うと次の瞬間、背中に白い...

「羽根...?」

まさか。そんなことあるはずがない。子供のお遊戯会じゃあるまいし...

「ああ。見えるの、君?ふふ、お遊戯会なんかじゃないよ?」
「人の思考、勝手に読み取るな」

無事デンジャラスゾーンから生還したそいつがずいっと歩み寄ってきて自分の背中を指しながら言った。
その白くて細い指の指す先には紛れもなく、手触りのよさそうなふわふわした羽根が揺れ動いていた。

俺は思わず頭をかかえこんだ。

ストレスの溜まりすぎでとうとう幻覚まで見えるようになっちまったか。

「はは。幻覚かぁ。面白いこと言うね、君。」

と、ようやくここでなんか変なことに気がついた。

...待て。
...俺、今の台詞、口に出して言ったか?そんなに俺の頭、朦朧としてるのか?

――違う。これ、二度目だ...。

「...あんた、どうして俺の思ってることがわかるんだ?――さっきもしただろ。」

そう、あまりにも突飛なモノを見たので、さらりと流してしまったが、こいつは俺が背中にある羽根をお遊戯会かなんかの小道具かと一瞬思ったのを――思っただけなのをどうにかして読み取っていたのだ。そして今のも...

俺は急に寒気を感じた。目の前にいるヤツにえもいわれぬ得体の知れなさを感じ始めた。
ハタハタと揺れ動く白い羽根、こちらの考えを読み取る能力、どれを取っても常人のものではないように思えた。